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福岡地方裁判所 昭和39年(ワ)918号 判決 1967年1月30日

原告

野口美津男

坂上道人

右両名訴訟代理人

斎藤鳩彦

被告

スタータクシー株式会社

右代表者

大坪宏彦

右訴訟代理人

安田幹太

和智竜一

安田弘

主文

1、原告らが被告に対し雇用契約上の権利を有することを確認する。

2、被告は、原告野口美津男に対し金五五万九、六二八円を、原告坂上道人に対し金七四万七、二五二円をそれぞれ支払え。

3、原告らのその余の請求を棄却する。

4、訴訟費用はこれを十分し、その二を原告らの、その余を被告の負担とする。

5、この判決は第二項に限り仮に執行することができる。

事実

第一、当事者の申立

一、原告ら

「主文第一項と同旨および被告は原告野口に対し金三三万六五四八円と昭和四一年二月から毎月金二万二、三〇八円を各月の二八日かぎり、原告坂上に対し金四五万八、五三二円と昭和四一年二月から毎月金二万八、八七二円を各月二八日かぎりそれぞれ支払え、訴訟費用は被告の負担とする。」との判決ならびに右判決のうち金員支払を命ずる部分についての仮執行の宣言

二、被告

「原告らの請求をいずれも棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。」との判決

第二、主張事実

一、請求の原因

1、原告らは一般乗用旅客自動車運送事業(タクシー業)を営む被告会社(以下ときに便宜会社と略記する。)に雇用され、営業用乗用自動車(タクシー)運転手として稼働していた者で、福岡県自動車交通労働組合(以下すべて福自交と略記する。)の組合員であり、同労働組合太陽スタータクシー支部(以下すべてスター支部と略記する。)に所属している。

2、原告らは昭和三八年七月六日被告から懲戒解雇の意思表示を受けた。爾来被告は原告らがその従業員であることを否認し、就労を拒否している。

被告が右懲戒解雇の理由として主張するところは次のとおりである。

すなわち、原告坂上は昭和三八年六月一四日午前一時四〇分ごろ会社の社番第八八号車に乗車勤務中、原告野口を福岡市箱崎新楽町二、三九三番地の同人自宅まで迎えに行き、同所から同市渡辺通日赤前所在の会社営業所まで同人を運送したが、その際、原告野口の要請を容れ同人方から同市柳町柳橋付近まで料金メーターを倒さないままで運転走行し、右柳橋付近に至つてはじめて料金メーターを倒し、右全運送区間の賃料を不正にも九〇円であるむね被告会社に申告した。

原告坂上の右所為は会社就業規則第五二条第五項第一号、第六号、第一三号に規定する懲戒解雇事由に該当し、原告野口も原告坂上と共謀の上同人の料金メーター不倒行為に加工したのであるから、その所為は原告坂上同様会社就業規則の右各条項に該当するというのである。

3、原告坂上が被告主張の日時に原告野口をその自宅から福岡市渡辺通所在の会社営業所まで運送し、その際右自宅から前記柳橋付近まで料金メーターを倒さず、その全運送区間の乗車運送料金を九〇円であると会社に申告した事実はある。

4、しかしながら原告らが右の料金メーター不倒行為をなすに至つた事情の詳細は次のとおりである。

すなわち、原告坂上は当初から故意に料金メーター不倒行為に及んだのではなくこれを倒し忘れたのであり、原告野口もこれに気づかずそのまま走行し福岡市吉塚一丁目国鉄吉塚駅付近でともに料金メーターの倒し忘れに気づいたが、原告坂上はそのまま前記柳橋付近まで走行し、原告野口も特別注意を与えて右不倒行為を制止することなくそのまま同車に乗車を続けて右不倒行為に加工したのである。しかしこれは当時原告らの属していた福自交スター支部が分裂現象を呈し第二組合が結成されようとしていたところ、被告会社は福自交スター支部の組織を切りくずして第二組合を結成することに積極的に介入し昭和三八年六月一三日夜から開催を予定されていた第二組合結成大会に福自交から脱退し会社を欠勤の上参加した者には賃金の保障まで敢てするという態度をとつたので、原告らも会社の右の如き態度に対抗し福自交スター支部の組織防衛に狂奔、努力していた最中であつて、自然会社の右不当労働行為に憤慨し料金メーター不倒の挙に出たのである。しかも会社は原告ら以外の他従業員の同種行為については極めて寛大な取扱をしており、しかも原告坂上の運転していた前記車輛はいわゆる「上り車」と呼ばれている勤務終了まぎわの通常は客を乗車せしめることをしない車輛であるうえ、同原告が運送料金を九〇円と申告したことにより被告の蒙る損害は僅か金一八〇円に過ぎない。

右各事情を綜合考慮すれば、原告らの所為は被告主張の就業規則の各条項には該当しないというべきであり、従つて本件懲戒解雇はその解釈適用を誤つたものであつて無効である。

5、かりに原告らの所為が前記会社就業規則の各条項に規定する懲戒解雇事由に該当するとしても、本件懲戒解雇は労働組合法第七条第一号、第三号によつて禁止せられる不当労働行為であるから無効である。

すなわち、福自交はその上部団体である全国自動車交通労働組合連合会(以下全自交と略記)に加盟しているが、全自交は我国における最も戦斗的な労働組合の一であり、またスター支部は福自交の中でも中核的な支部であつた。

そこで昭和三七、八年ごろから全自交に対し自動車運送事業経営者による全国的な組織攻撃が行われたが、被告も昭和三八年五月はじめからスター支部所属の組合員を脱退させて第二組合を結成させるべく組合員に積極的に働きかけ、同年六月一四日にはスター支部所属の福自交組合員の約三分の一を脱退させて太陽スター労働組合(以下は新組合と略記)を結成させることに成功し、その後は福自交所属組合員に対しては各種の不利益な差別待遇をしている。本件懲戒解雇は福自交に所属して熱心に正当な組合活動をしていた原告らを右組合活動の故に解雇し、それにより福自交の勢力を減殺しその運営に介入することを決定的動機としてなされたもので、福自交に対する組織切崩行為の一環である。

6、従つて原告らはいずれも被告に対し依然として雇用契約上の権利を有しており、また原告らが被告に対し労務の供給ができなかつたのは前主張のとおり被告が原告らの就労を拒絶したためであるから、原告らは被告に対し就労できなかつた全期間の賃金請求権を失わなかつたことになる。

7、被告会社では従業員の労務供給に対し各前月の二一日から当月二〇日までの賃金を当月二八日に支払うことになつており、昭和三七年一二月二一日から昭和三八年六月二〇日までの六カ月間に原告野口は月平均金二万二、三〇八円の賃金を、原告坂上は月平均金二万八、八七二円の賃金の支給を受けた。

ところが、被告は原告野口に対しては昭和三八年七月二八日金七、〇〇〇円を、昭和三九年四月二五日同月までの分として金九万六、〇〇〇円を、同年五月から昭和四一年一月まで毎月金一万二、〇〇〇円づつ総合計金三五万五、〇〇〇円の賃金を支払い、原告坂上に対しては昭和三八年七月二八日金一、五〇〇円を昭和三九年四月二五日までの分として金一二万円を、同年五月から昭和四一年一月までの間毎月金一万五、〇〇〇円づつ総合計四三万六、五〇〇円の賃金を支払つたのみである。

8、ところで原告らは被告らの就労拒否により稼働できなかつた全期間の賃金債権全額を被告に対し請求できることは前主張のとおりであるところ、右賃金債権は前主張の平均賃金を基礎として算定したうえ前記支払を受けた賃金を控除して計算すると、原告野口は本件懲戒解雇の後の昭和三八年七月分から昭和四一年一月分までの賃金残額計金三三万六、五四八円と同年二月以降毎月二八日かぎり各月金二万二、三〇八円の賃金の支払を、原告坂上は昭和三八年七月分以降昭和四一年一月分までの賃金残額計金四五万八、五三二円と昭和四一年二月以降毎月二八日かぎり各月金二万八、八七二円の賃金の支払をそれぞれ被告に対し請求しうることになる。

以上の次第であるから、原告らは被告に対し雇用契約上の権利を有することの確認および前主張の賃金の支払を求める。

二、請求の原因に対する被告の認否およびその主張

1、請求の原因1・2・3・7の各事実および同5のうち昭和三八年六月一四日福自交スター支部所属の組合員の約三分の一が同組合から脱退して新組合を結成した事実は認める。

2、請求の原因4の事実の全部、同5のうち本件懲戒解雇は福自交の勢力を滅殺しその組合員を不利益に取り扱うことを決定的動機としてなされたものであるむねの事実は否認する。同5のうち全自交が我国でも最も戦斗的な労働組合でスター支部が福自交の中核支部であつたとの事実は不知、同6および8の主張は争う。

3、原告坂上が昭和三八年六月一四日午前一時四〇分ごろ原告野口を会社営業用乗用自動車に乗際させて原告野口方自宅から会社営業所まで運送し、その自右自宅から柳橋付近まで料金メーターを倒さないままで自動車を運転したうえ全運送区間の乗車料金を九〇円であるむね会社に申告し、原告野口も不倒行為に加工したこと二原告らの自認しているところであり、会社就業規則第五二条第五項第一号、第六号には料金メーターの不正操作や不倒行為が懲戒解雇事由になるむねを規定してあり、同項第一三号はこれに準ずる行為をも懲戒解雇の事由としているのであるから、原告らの所為が右各条項に該当することは多言を要せず、原告らを懲戒解雇した会社の行為は適法でこれにより原告らの雇用契約上の権利は消滅し、その後は賃金債権もまた発生するに由ないものとなつた。

第三、証拠関係<省略>

理由

一、当事者間に争のない事実

請求の原因1・2・3・7の各事実および同5の事実中昭和三八年六月一四日福自交スター支部所属の組合員のうち約三分の一が同労組から脱退して新組合を結成した事実。

二、本件料金メーター不倒行為に至るまでの経緯

1、<証拠>をあわせるとつぎのとおりの事実を認めることができる。

すなわち原告らがそのスター支部に所属している福自交の上部団体である全自交はきわめて斗争的性格の強い労働組合であり、全自交の方針に従う福自交も使用者ときわめて強い態度で対立し争議も頻発する状態であつたため、使用者の立場に立つ会社総務謀長田中定雄らは福自交の方針、要求を極めて不合理、無謀なものと考えてその態度に対しかなり強い不満を感じていたばかりでなく、福自交スター支部に所属する組合員のうち相当数の自動事運転手が頻発するストライキ等の争議行為のため賃金が減少して生活が苦しくなることに対し不満をもつに至り、また同組合員中事務職員の間にも斗争資金の管理、報告が杜撰であると考えて不満をもつ者もあり、遂に昭和三八年六月一四日には福自交スター支部所属組合員の約三分の一が同労組から脱退してより穏健な新労組を結成し、そのむね被告会社に通知するに至つた。

2、<証拠>をあわせると次の事実を認めることができる。

すなわち原告野口は自己が所属する福自交の活動につき相当強い関心を示しあるいは時に福自交支部組合大会の議長をつとめ、また組合員の懲戒問題につき会社総務課長田中定雄に抗議する等の行為もあつたが、反面欠勤がやや多くタクシー運転手としての運賃収入は低い方であつて勤務成績は不良の部に属していた。また原告坂上は福自交の組合員であつたが特に目立つた組合活動を行つたことはなく、その運賃収入額は被告会社としてもおおむね満足しうる程度に達しており、従つて勤務成績は上の部に属するものと評価されていた。

3、<証拠>をあわせると次のとおりの事実を認めることができる。

すなわち会社は昭和三八年始ごろ西日本鉄道株式会社の資本的系列下に編入されるようになり、それまで同社本店人事係職員であつた田中定雄が同年二月二一日会社に迎えられ同年三月一日総務課長となつて経営規律を引締め営業成績の向上に努力することとなつた。

右田中の総務課長就任後間もない同年四月ごろには池田栄三郎が夜警員の業務を行うということで会社に採用され、実際は人事係員として右田中の直接指揮の下に会社に従事するようになつた(なお同人は扶養家族(子)を一人もち被告会社からは月四万円弱の給与の支給を受けていた。)。

ところで、昭和三八年五月ごろに至るや、全自交傘下の支部組合は全国的規模で一斉に分裂の兆を示し、福自交スター支部においても前認定のとおり福自交の運動方針に不満をもつ組合員の有志が相い図つて福自交からの脱退、新組合の結成を企てるに至つたが、その際右池田は新組合への参加希望者らの要望を被告会社に伝達し、また会社の意向をも右参加希望者らに通ずるいわば意思疎通のパイプ的役割を果たすと同時に、新組合結成運動指導者らが相い議して作成した会社従業員中福自交スター支部を脱退し新組合に参加する見込のある者と然からざる者とを○又は×等の符号により分類、識別することができるようになつているメモを常に所持し、これに基づき会社従業員に新組合の結成を説いていたが、その際安永猛、竹田行雄、梅野光則、金香博ら十数名の者に対し福岡市内寿司店、酒店等で酒食を供応し、そのうち一部の者には帰宅のためのタクシー代金まで交付した。なお右メモの原告野口の氏名には新組合に参加する見込のない者であることを示す×印の符号が付されてあつた。

かようにするうち新組合結成の動きは着々と進行し、同年六月一三日夜半には新組合の結成大会が福岡市内朝日屋旅館で開催されるに至つたが、右結成大会に出席する従業員の交通の便益のため会社所有の営業車計四台が使用され、≪中略≫右大会に出席し新組合員となつた者のうち当夜の宿泊、飲食代金を直接支払つた者はなく、右結成運動の中心的指導者のうち若干名は右大会の前後にかけて同旅館に四ないし五泊したがいずれもみずからは宿泊、飲食代金を支払つておらず、また会社総務課長田中定雄も右大会に出席しあいさつ、説明等をした。

なお会社を欠勤して右大会に参加した従業員の当日分の賃金は支給されなかつたが前記池田のかねての言により同人に対して要求した金香博らに対しては右欠勤日の賃金に相当する額の金員が別途支給された。

他方福自交でも右認定の組合分裂の動きに対処し善後策を講ずるため、同月一四日福岡市渡辺通所在の会社営業所内にある全自交事務所で組合大会を開くことを決定していた。

以上の事実が認定され、右認定事実からはさらに、被告会社はおそくとも前認定の新組合結成大会日までには原告野口が福自交のかなり熱心な組合員としてその運動方針を支持し組合活動にもある程度の関心を有していたことを前記池田を通じて認識していたこと、および給与月額四万円前後にすぎずしかも扶養家族一人を有している前記池田が従業員の相当数の者に提供した酒食等の代金、朝日屋旅館における宿泊飲食代金、会社を欠勤して結成大会に参加した者に対し支払われた欠勤日の賃金額に相当する別途支払金等の金員はいずれも被告会社の費用中から支払われた事実を推認することができる。≪証拠説明省略≫

三、本件料金メーター不倒行為の態様

<証拠>をあわせると次のとおりの事実を認めることができる。

すなわち、昭和三八年六月一三日原告野口はA勤務(午前八時から午後五時までの運転手勤務時間)終了後午後五時半ごろ帰宅したが、午後八時ごろB勤務(午後五時から翌日午前三時までの運転手勤務時間)として勤務稼働中の原告坂上が訪れて来て朝日屋旅館における新労組結成の動向について報告し、前記渡辺通所在の会社営業所内にある組合事務所に赴いてこれに対する対策を講ずるよう要請したので原告野口は直に原告坂上の運転する会社営業車に乗車して組合事務所に赴き、前記新組合結成の動向に対する若干の対策用務を果たした後、再び山崎某の運転する会社営業車に乗車して帰宅した。その往路の乗車料金は金二七〇円で復路の乗車料金もその走行距離に応ずる相当額に達したがこれらに対してはすべて正規の支払をした。

ところが翌六月一四日午前一時すぎごろ原告坂上が前認定の福自交組合大会に出席させるため原告野口を迎えに来たので同原告は再び原告坂上の運転する会社営業車に乗車して自宅を出発したが、間もなく原告野口が今日は車代を大分使つたなどと話しているうち料金メーターを倒さいままで運行しようとの話合がまとまつて福岡市柳町柳橋付近までそのまま走行し、同所から先は人目に触れ不倒行為を発見され易い交通状況になつていたのではじめて料金メーターを倒した。なお原告野口の自宅から渡辺通所在の会社営業所までの区間の正規の乗車料金は約金二七〇円であつて会社は右メーター不倒により約金一八〇円の損害を蒙つた。

そして、更に以上認定の事実によれば前認定のとおり原告野口が勤務時間終了後の一般乗客としての地位をも兼ね備えた立場にあつたのに反し、原告坂上は勤務時間中で会社のため雇用契約上の義務に基づく本来の労務を提供中の行為でしかも料金メーター不倒行為の直接の実行者であることが窺われ、又田中(功一郎)証言より認められる同証人の勤務する福岡市内所在天神タクシー株式会社では料金メーター不倒行為を実行した自動車運転手はすべて解雇または任意退職せしめているが、メーター不倒車同乗者についてはそれが会社従業員たる身分を有している者であつてもなんら特別に懲戒の対象とすることを考えていないことをもあわせ考えると、本件料金メーター不倒行為への関与の情状としては原告坂上の方が原告野口に比して遙に悪質であるということができる。≪証拠説明省略≫

四、本件料金メーター不倒行為に対する会社の態度

<証拠>をあわせると次の事実を認めることができる。

会社では前認定の料金メーター不倒行為により原告らを懲戒解雇することを決意したが、できれば円満退職させるに若くはないと考え原告ら両名に任意退職を強く勧めた。しかし原告野口に対しては会社総務課長田中定雄がみずから直接に無条件で退職することを説得したのに対し、前認定のとおり勤務成績においては相当優つていたとはいえ直接の原因となつたメーター不倒行為に関与した情状は原告野口に比して悪質と考えられる原告坂上に対しては会社運転手池口吉成を介して退職後間もなく西鉄タクシーに世話するからとの条件を付して退職を勧告し(なお結局原告らは右退職勧告に応じなかつたため被告より本件懲戒解雇の意思表示をうけた。)、しかも右田中は原告坂上が懲戒解雇された後の昭和三九年三月ごろには同原告を轢逃事故の捜査に協力したことを理由として会社従業員とし表彰しようという極めて矛盾した計画をもつていた。そして前認定の事実および前二、3で認定した事実から西鉄タクシーは西日本鉄道株式会社直営、または同社の資本系列下にあるタクシー会社で被告会社と同等またはそれ以上の営業成績をあげている企業であり、田中定雄の経歴、地位からもし原告坂上が退職勧告に応ずればその後間もなく西鉄タクシーに再就職できて事実上は会社に継続して勤務するのと殆んど異ならない利益を享受したことは確実であることが推認される。≪証拠説明省略≫

五、原告らの所為の就業規則懲戒規定該当性

<証拠>によれば被告会社就業規則第五一条は懲戒の種類として譴責、出勤停止、論旨解雇、懲戒解雇の五種類を規定し、同第五二条は懲戒判定基準として

「従業員に左の行為があつたときは各号に規定する範囲内で懲戒する(1ないし4は省略)。

5懲戒解雇

一、第六条第一項六、八、十二、十三号、第二項八号後段、九、十号に違反したとき。

六、料金メーターを不正に操作したり、又故意に附属部品、連繋部品封印を取外したり或は毀損したとき。」

(二ないし五、七ないし十三は省略)

との規定があり、また右第五二条5、一で引用される就業規則第六条第二項は「従業員中乗務員は特に次の事項を厳守せねばならない。」とし、その九号として「上長の許可なく無料にて、又メーターを倒さず何時如何なる場合と雖も前部、後部座席を問わず乗車させないこと。」とそれぞれ規定されていることが認められ右認定に反する証拠はないところ、原告坂上の所為が右就業規則第五二条5、一、六、第六条第二項第九号に該当することは明らかであり、又会社の同僚である原告坂上と相互に意を通じて料金メーター不倒車に乗車して自ら乗車料金債務の支払を免れる利益を得ようとした原告野口の所為も原告坂上同様右就業規則の各条項に該当することは多言を要しないところであるから、原告らの所為がなんら右就業規則の各条項に該当しないことを前提とし懲戒解雇の無効を主張する原告らの所論は採用するに由ない。

六、不当労働行為の主張について

<証拠>をあわせるとタクシー業を営む会社は営業収入の大部分を通常は比較的少額の乗車料金の集積に依存し料金メーター不倒行為は直接的に右の営業収益を正規の額以下に減少せしめるものであり、しかもその行為の性質上これが発見、確認は相当困難である事実が認められ、従つて一旦これが発見確認された場合は、たとえその不倒行為によつて会社の蒙つた損害額が金一〇〇円にも満ないような少額なものであつても経営秩序の維持、営業収益の確保のためには決してこれを軽微なものと評価することはできず厳格な態度で臨む必要のあることは容易に是認できるところである。しかしさればといつて料金メーター不倒行為自体如何なる場合においてもその態様、情状等を勘案して裁量的に懲戒解雇以外の他種の懲戒をもつて臨む余地が全くない程度に重大な性質を有するものともいい難いのは勿論である。

本件の場合、原告らが本件の料金メーター不倒行為の以前に同種行為は勿論別の経営秩序違反行為によつて懲戒を受けたような事実についてはなんら主張立証がないこと、原告野口は本件不倒行為のあつた前日の昭和三八年六月一三日夜には前認定のとおり会社の営業車を利用して前記渡辺通所在の会社営業所内にある福自交事務所まで正規の乗車料金を支払つて往復ししかも往路は原告坂上の運転する車輛に乗車したこと、および本件メーター不倒行為の実行されたのが午前一時過ぎという深夜であること等から、本件不倒行為は運転手がそれを手段として乗客から支払われた料金の一部を不法に着服横領したような場合と異り、必らずしも不正行為の常習性、反覆性を推認させるような性質を有するものとはいい難く、会社に与えた損害額も約金一八〇円という比較的少額なものに過ぎなかつたのであるから、原告らの所為は使用者の裁量により今回の行為に限り解雇までに至らない他の種類の懲戒をもつてしても経営秩序維持の目的を達し得る程度のものであつたと考えられる。そして更に前認定のとおりの新組合結成の際の会社の介入行為の態様、不倒行為に関与した情状が遙に悪い原告坂上に対しては懲戒の意味を含めて任意退職させるのである趣旨を全く没却するような有利な再就職を条件とし、さらには懲戒解雇後である昭和三九年三月ごろには同原告を会社従業員として表彰するという矛盾した計画(右計画は未実現のまま終つたが)を有していたのに反し、一般的勤務成績が原告坂上に比して相当に不良であつたとはいえ、不倒行為に関する情状は遙に軽く同業者である天神タクシー株式会社等にあつてはその行為を特別に懲戒の対象として取りあげないであろうと推認される原告野口には無条件で退職の勧告をしていることおよび同原告が福自交を容易に脱退せず熱心な組合員としての組合活動に相当強い関心をもつていたことを会社が認識していたと推認されること等を綜合すれば、会社がその裁量により解雇までに至らない他種の懲戒を選定することなく原告らを懲戒解雇したのは、原告野口が福自交の組合員であつてその組合の活動につき強い関心をもち時として福自交組合員の懲戒問題等に関し被告会社に抗議したりしたため福自交の組合員である同原告を嫌悪し、あわせて福自交所属組合員数を減少せしめその勢力を減殺することを決定的動機とし、又、原告坂上については原告野口の懲戒解雇との権衡上(情の軽い野口が懲戒解雇され、重い坂上が企業内に残ることになれば極めて不合理な結果となる。)やむを得ずなされたものであるとともに原告野口に対すると同様同人の解雇とあわせて福自交所属組合員数を減少せしめその勢力を減殺することを決定的動機としてなされたものと推認するのほかはないので原告らに対する懲戒解雇は労働組合法第七条第一号、第三号の禁止する不当労働行為であつて無効であり、原告らは依然として被告に対し雇用契約上の権利を有しているというべきである。<以下略>(松村利智 菅 浩行 石川哲男)

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